CraftGene Craft_vol.0

旅、人、ものづくり。いい旅には、きっといい出会いがつきものです。職人との出会い、街を歩く楽しみ——。伝統工芸をはじめとした「ものづくり」をテーマにした特集記事を通して、日本各地を旅してみませんか?


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6CraftGene『それに、暖かいと麹菌もそうですけど、雑菌も増えやすくなります。それらの理由が合わさって、蔵の中の適温は5℃なんです。だから酒づくりは東北など寒い地方で、しかも秋から冬に仕込むのがいいんです』「そうか、だから冬なんですね」『もっとも、冬に仕込むのは別の理由もあるようで、私がここに入社した頃はまだ、杜氏さんは岩手から来ていたんです。春から秋の農作業が終わって、雪が積もる季節は出稼ぎとして杜氏をする人も珍しくなかったようなんです』南部杜氏ってやつだ。そうか、米づくりが終わってから酒づくり、そういう流れだったのか。一気に疑問が解決し、点だけで知っていた事象が線から面となって広がる。あぁ、気持ちいい。思わず遠い目になってしまったが、気がつくと柏さんがタンクの淵で手招きをしている。米に囁かれ、のけぞる『このタンクの中で発酵して、醪(もろみ)が育っています。音が聞こえますか?』しゃがんで耳を近づけると、ザーという、遠くで聞こえる波の音のような、細かな泡が無限に立っているような、そんな音が聞こえる。麹ってほんとに生きてるんだ。うわぁ。ただただ、すごい。酒母、麹、蒸米と水が加えられ、醪(もろみ)が育っているのだ。酒母というのは酛(もと)とも言われ、発酵させる種のようなもので、やはり蒸米と麹と水を使って作るそう。麹の酵素力で米のデンプンがブドウ糖になり、そのブドウ糖が酒母の力でアルコールに変わっていく、今まさに、ここで酒が誕生しつつある現場なのだ。柏さんは続けて言う。『三段仕込みといって、3回に分けて4日間で麹、蒸米、水を入れていきます。今けっこう力強く発酵してる段階なんですが、試しにここにしゃがんで、こうやってみてもらえます?』柏さんはしゃがみ込んだ状態でタンクの中に手を伸ばし、中の匂いを確かめるように手のひらを仰いでいる。「?」と思いつつい、言われた通りに仰いでみる。ん?いいんですか?」、匂いでもするのかな?『どうぞどうぞ、麹から15から20センチぐらいのところで、ゆっくり手を仰いでみてください』「!!!!」言われた通りにやって、瞬時にパニックになった。あっ」とか「うっ」とか言う暇もなくパニック。手を仰いで空気を嗅いだ瞬間に息が詰まり、上半身をのけぞって咳き込む。なにが起きたのか分からないまま、タンクに向かって咳き込んだらイカンとのけぞるのが精いっぱい。匂いはほぼ感じない、いや感じる暇もなかったのかもしれない。喉や鼻にツンと刺激がくるという感じでもない。ないないない、刺激を感じない刺激。どっちにしても息ができない。なんだこりゃ。『そうなんです。力強く発酵して、ガスが出てるんです』しゃがんで、ただただむせていると、変わらず物静かな柏さんの説明が降ってくる。あー、なるほど。発酵だからガスだ。いやあ、全身でよく分かった。にしても柏さん、すました顔して……。無事に発酵が完了した醪(もろみ)を、ここで漉して清酒となる。粗い目で漉せば、にごり酒。にごり”もまたいいんだよなあ。おいしい酒に育てるために、蔵の適温は5℃。なぜ日本酒の産地は気温の低い地域が多いのか、柏さんの話を聞いてよく分かった。「留」は、三段仕込みの最終段階。最初に米に麹をふりかける「初添」が第一段、時間を置いて初添の倍の米と麹を加える「仲添」が第二段、仲添のまた倍の量の米と水を加える「留添」が第三段。温度管理に気をつけながら20〜30日で醪となる。


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